


りゅうはすずをくわえると、からんとうれしそうにひと鳴きしました。それからしっぽ二本ぶんほど間をあけて、さくらのとなりにどさりと座りました。谷はもう、あかね色から夜の色へと着がえはじめています。「間に合ったね、さくら」とりゅうが言いました。「うん、やくそくどおりね」と、さくらは息をはずませたまま笑いました。
世界にただ一冊。ずっとあなたのもの。
Lumora の絵本
さくらのための一冊
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さくらはりゅうの鼻先にそっと手をあてました。かばんから取り出したすずは、まだ両手のぬくもりをおぼえていました。「やくそくどおり、夕日がしずむ前にとどけにきたよ!」さくらはむねをそらして、大きな声で言いました。


みどり色のりゅうは大きな顔をぐぐっと近づけ、さくらの前がみをふわりとゆらすほど、あたたかい息をはきました。鼻のあなだけでさくらのせよりも大きいのです。りゅうはゆっくりと、低い声で言いました。「さくら、よくここまでのぼってきたね」その声は、山ぜんたいがひとつ、ため息をついたように聞こえました。


すずの音が消えたところに、もこ、と雲がひとつもり上がりました。もこもこ、もこ。まるで大きなねぼすけがふとんから出てくるみたいです。雲がぱっくり分かれると、みどり色のうろこがきらきら光って、山のようなりゅうがゆっくり体を起こしました。さくらは口をぽかんと開けたまま、しばらくまばたきをわすれていました。


おねはぐるりと、白いきりに取りかこまれていました。まるでりゅうが「ここまでおいで」とふとんをしいたみたいです。さくらはかばんからきんいろのすずを取り出すと、夕空に向かって思いきりふりました。りん、とすんだ音が、きりの向こうまで飛んでいきました。


さいごの一だんをふみこんだとたん、木がふつりととぎれました。目の前には、きんいろの夕ぐれが大きくひろがっています。さくらはおねに出て、思わず「わあ」と声をあげました。風があせばんだ顔をなで、ポニーテールをうしろへ気持ちよくさらっていきます。


せおっていては、うしろに転がり落ちてしまいます。さくらはかばんをかたからはずすと、赤ちゃんみたいにむねできつくだきかかえました。うんと前に体をたおすと、あら本当に、足がひとりでに前へ前へと出ていきます。さくらは石だんを、まるで転がるようにかけのぼっていきました。


石だんをひとつのぼるたび、かばんがどんどん重たくなっていくような気がします。まるでだれかが後ろからくいくい引っぱっているみたいです。三だんのぼって、ずるり。五だんのぼって、ずるり。さくらはひざに手をついて、はあ、と息をつきました。


橋をわたりきったさくらの前に、岩をけずった石だんが空まで続いていました。てっぺんは見えません。ふり返ると、夕日はもう山のかげに半分かくれています。「うそでしょ」とさくらは石だんを見上げて言いました。


すずだけは、あげません。さくらはかみをほどき、お気に入りの赤いリボンを風下にひらりと投げました。さるはぱっと目をかがやかせ、橋をはなれて飛びつきます。そのすきに、さくらは全力でかけぬけました。


さくらが板を一まいずつふむと、橋はぎしぎしと歌うようにゆれました。真ん中まで来たとき、手すりにひょいとさるが飛び乗りました。「キッ」と鳴いて、かばんからのぞくすずをじっと見ています。さくらのむねはどきどきしましたが、足はまだ前を向いていました。


木がとぎれると、足もとがすとんと谷になっていました。かけわたした細い橋に、五色のはたがぱたぱたと並んでいます。さくらは思わず一歩さがりました。ずっと下では、たきが「ここまでおいで」とでも言うように、ごうごううなっています。


落ち葉がかさかさと、さくらの足の下でくずれます。ふかふかしすぎて、思ったより歩きにくいのです。冷たい山風がポニーテールをぐいっと引っぱって、まるで「帰りなさい」と言っているみたいです。さくらは風にまけじと、ぐっと前へふみ出しました。


山ののぼり口で、さくらはかばんをぎゅっとだきしめました。中できんいろのすずが、こつん、と小さく鳴ります。見上げるおねは、もう夕日で真っ赤です。「待っててね、りゅうさん。夕日がしずむ前にとどけるから」さくらは小さく言って、大きな一歩をふみ出しました。

さくらへ
Lumora の絵本
さくらのための一冊



